クロードモネ「睡蓮」見学に行こう。Let’s go to see Claude Monet’s “Water Lilies”.

クロード・モネ(1840-1926)は、1858年にウジェーヌ・ブーダンに出会った。そうして、風景画を学びました。アカデミー・シュイスに入学。その後、ル・アーヴルに戻って、ブーダンやヨイキントと共に、絵画を描いていました。 1862年再びパリに出て、シャルル・グレールのアトリエに入り、ルノワール、バジール、シスレーと出会いました。1863年にフォンテーヌブローの森の風景画を描いています。1865年に初めてサロンに入選しました。1870年に戦争があり、その時期は、ピサロと共にロンドンに滞在していました。1872年-1878年は、アルジャントゥイユに滞在。 1874年には、ナダールのスタジオで、最初の印象派の展覧会に関わる。1878年、妻のカミーユが死去。1883年にジヴェルーニに転居。1890年に家を購入。この家の庭が、代表作品「睡蓮」を多数輩出しています。この池は、エプト川から水を引いて、できました。この池には、日本風の太鼓橋と呼ばれる、橋がかけられました。 自宅で、過ごすことの多いモネは、多くの移動を好まなかった。 晩年は、白内障を患っています。モネが、印象派として晩年も、大成できたのは、この影響が大きいと言う評論家もいます。何故なら、視力が、衰えた状況で、絵画を描くことは、感性によるところも大きいからです。ですから、視力が衰えた晩年の作品が、より評価されることが多いモネの作品です。 視力に頼るのではなく、感性で描くモネの絵画は、高く評価されています。そうして、モネは、晩年の間際まで、大作を描いています。「睡蓮の池、夕暮れ」1916-1922年の作品は、大きさが、200*600cmあります。 このような大作を晩年に描くことは、体力的にも大変ですし、多くの作成時間を要しています。モネの晩年は、視力と引き換えに印象派として大成したのです。 表紙のモネの作品は、The national Gallery,Londonの作品です。私は、この作品を実際に拝見しました。ずいぶん前です。モネは、数々の作品を出しています。その時は、「日傘の差した婦人」の作品と一緒に観ました。これが、ロンドンの所蔵するものかは、分かりません。モネは、たくさんの「睡蓮」を輩出しているからです。 この作品は、完成された庭を惜しげも無く、描いています。光と共演したこの庭は、非常に、多彩な色を使い、その様子は、非常に、自然の豊かな日差しを浴びて、庭は、一層色付き、その鮮やかさは、眩しいほどです。又、かけられた橋も、日差しを浴びて、とても、美しさを演出しています。美しさに無駄が、無く、どのショットを切り分けて観ても、この絵画に、不満足を感じるところは、有りません。実に丹念に、描かれて、美しさを最大限に演出し、庭と光との共演が、彩りをより一層、感じる作品です。 Claude Monet (1840-1926) met Eugène Boudin in 1858. Then he learned landscape painting. He enrolled in Académie Suisse. He then returned to Le Havre to paint with Boudin and Yoikint. In 1862, he returned to Paris, entered Charles Gleyre’s atelier, and met Renoir, Bazille,… Continue reading クロードモネ「睡蓮」見学に行こう。Let’s go to see Claude Monet’s “Water Lilies”.

パウル・クレー「スーパーチェス」は歴史観のある近代アート。Paul Klee “Super Chess” is a modern art with a historical view.

パウル・クレー(1879-1940)の作品で、私が、もっとも感銘を受けたのは、「スーパーチェス」(制作年1937年)です。 私は、この絵画の前で、数十分という時間を過ごし、さらに、興味を持つほど、非常に飽きない、勢いのある作品でした。 この傾向は、近代の美術の全体に言えると感じる。 是非、機会があれば、この「スーパーチェス」に興味を持って、観ていただきたい。今回は、近代美術分野は、非常に重厚な歴史感を持って生まれている事と、その作品は、非常にデリケートであることを書いてみました。   引用 Google Arts & Culture The work of Paul Klee (1879-1940) that impressed me most was “Super Chess” (produced in 1937). At first glance, modern art feels very inorganic. However, this is a painting drawn in a straight line on a flat printed matter, this charm is very difficult to convey.… Continue reading パウル・クレー「スーパーチェス」は歴史観のある近代アート。Paul Klee “Super Chess” is a modern art with a historical view.

ルーベンスとバロック時代と絵画。Rubens and Baroque era and painting.

ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)は、バロック画家と言われています。 バロックと言えば、私は、バロック音楽を思い出す。あの、重厚な音色を出す、パイプオルガンは、とても精巧で、今も、その音色は、心に響くものがある。 バロック音楽は、1600-1750年までの150年間を言う。又、バロック建築物として、ベルサイユ宮殿があります。 この建築物もとても重厚な、歴史的建築物です。そんな時代を駆け抜けていったのが、ルーベンスだった。 1600年にイタリアで、マントヴァ公ビィンチェンツオ1世・コンサーガの宮殿に仕えた。ルーベンスは、この時に絵画に影響を受けた。1606年にサンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ聖堂の祭壇画制作の依頼を受けています。 その時に、デッサンを残しています。それは、今も現存しています。教会という、大きなところの祭壇画は、とても、見られやすくしなければ、ならない。 描いた完成作品は、教会に一度は、載せられました。ですが、教会という空間で、反射した光でその祭壇画は、鮮明に見えなかったので、描き直したものが、今は、現存しています。 祭壇画は、時に、全ての人々に見せるために、あえて、鮮明に描かれています。色彩のついたデッサン画の「ヴァリチェッラの聖母」(1608)は、とても、優雅で、そして、天使達も、まろやかな雰囲気です。 デッサン画でありながら、1枚の絵画として、十分に堪能できるのは、ルーベンスの多彩な才能を持っていたことを証明するものです。そのデッサン画は素晴らしいです。 時に、宗教画は、戒めもあるので、残酷なシーンも多い。 「聖母被昇天」(1625-1626)に描かれた天国に登っていくマリアさまも、油絵で描かれたものと祭壇画では、色使いが違います。 祭壇画は、色のコントラストをはっきりとさせ、全ての人々に見えるようにされ、油絵は、繊細に描かれています。このように才能あふれるルーベンスでした。 名作「フランダースの犬」の主人公が見たかったのが、ルーベンスの絵画でした。今回は、ルーベンスの祭壇画について書いてみました。 表紙画は「ヴァリチェッラの聖母」(1606-1608)の祭壇画。 Google Art & Culture,Wikipedia より引用 “Assumption of the Virgin” altarpiece「聖母被昇天」祭壇画 “Assumption of the Virgin” oil painting「聖母被昇天」油絵 Peter Paul Rubens (1577-1640) is said to be a Baroque painter. Speaking of baroque, I remember baroque music. That pipe organ that produces a profound… Continue reading ルーベンスとバロック時代と絵画。Rubens and Baroque era and painting.

ヨハネス・フェルメール「真珠の耳飾りの少女」は、誰か?Who is Johannes Vermeer’s “Girl with a Pearl Earring”?

今回は、ヨハネス・フェルメール(1632-1675)はオランダの画家です。ヨハネス・フェルメール作品の「真珠の耳飾りの少女」について書いてみようと思う。その当時、自画像を残すというのは、非常に贅沢なものでした。 だから、色んな画家であれ、自画像を描いてもらうのは、非常にコストの高いものでした。だから、豊かな人を描いた作品は、多い。 フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」(1665年)は、フェルメールの代表作です。私も機会があれば、何回も観に行ったものです。 この妖艶な瞳とくちびるに釘付けされる人は、多いと思う。 富の象徴は、色で言うと、ゴールド。これは、貴金属の色で、富を象徴するのに、とても効果的な色です。それと、ブルー。これは、ロイヤルブルーという色で、その地位を保証するような色です。 その色を多用した、ヨハネス・フェルメールは、豪華な題材を取り扱う画家であることは、間違いない。 その上に真珠です。今でこそ、真珠は、綺麗な形が多いが、それは、技術の進歩によるもので、古来、綺麗な真珠というものは、自然の中で、育むものだから、かなり高価なものでした。 この「真珠の耳飾りの少女」が、架空の人物とか、フェルメールの娘とか。色んな説がある。私と会話した人は、メイドの娘と言った。私は、その言葉は、半分は、真実であると思う。 身分的には、恵まれないが、とても美しい少女は、ヨハネス・フェルメールの心をくすぐるのに、十分だったと思う。 けれども、これが、自分の側にいる、題材とすれば、とても不都合だ。何故なら、フェルメールは華やかな女性交流がある画家でもある。 だから、異国情緒に溢れたターバンを身にまとい、それは、髪も隠し、人物像を想像するトリックになっている。それは、高貴なゴールドとロイヤルブルーで。 トリックはそれだけではない。ヨハネス・フェルメールは、いつも繊細にものをぼかして描く。あらゆる絵画において。けれども、それは、何故だか、とても美しいのです。この余韻が素晴らしいのです。 それに、背景はそこには描かれていない。これもトリックです。 私は、フェルメールのロイヤルブルーが、いつも心にグッとくる。「真珠の耳飾りの少女」は、もちろん、その瞳もあどけない。見つめられると、心ときめく。妖艶なくちびるもひときわ目立つ。真珠は、美しい。 私は、このミステリアスな少女に、身分不相応の身分を感じると共に、その美しい姿も、身分不相応のほど、美しいものだったと感じる。 だからこそ、架空の人物である。これだけの描写を架空の人物とは、言えない。だからこそ、ミステリアスな美しさは、人々の心を惹くのだと感じる。 今回は、ヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」の人物像を取り上げてみました。 Google Art & Culture より引用 This time, Johannes Vermeer (1632-1675) is a Dutch painter. I would like to write about “Girl with a Pearl Earring” by Johannes Vermeer. At that time, leaving his self-portrait was a great luxury.… Continue reading ヨハネス・フェルメール「真珠の耳飾りの少女」は、誰か?Who is Johannes Vermeer’s “Girl with a Pearl Earring”?

ピエト・モンドリアン「赤、青、黄のあるコンポジション」Piet Mondrian “Composition with Red, Blue and Yellow”

この絵画は、「赤、青、黄のあるコンポジション」1930年作です。画家は、ピエト・モンドリアン(1872-1944)。アムステルダム国立アカデミーで学んだ。 初めは、オランダの画法によって、風景、樹木等を描いていたが、一度、フランスのパリで、出会った数々の画家に影響された。パリからオランダに戻った。 その後、急速に抽象化していく。パリから戻った14年後にこの作品は、完成した。 私が、この絵画に興味を持ったのは、ピエト・モンドリアンが、神秘的なものに惹かれ、神智学協会に在籍していることに、注目する。 西洋絵画は、初めは、宗教画が、出発点です。その原点に戻り、この絵画が描かれていることに気付く人は少ないと感じる。 天は、上を見れば、光が差し込む。その光を手や額に浴びて、天から人より優れたものを授かるシーンの多い宗教絵画は多い。 ピエト・モンドリアンは、その天からの授かり物「光」をこのように描いている。 水平な大地や樹木を黒い線にして、その「光」をたくさん浴びたものに抽象化し、その「光」は、「三原色」に分解され、それらは、大きく「光、三原色」とその「光」のそのもの「白」。つまり、透明感に包まれている様に私は、見えました。 あまりに、分解された抽象画は、なかなか、人々に理解されない。けれども、これが、現存していることに、感激するのです。 この作品は、観ていると飽きない。現代アートとしても、通じるし、これは、古来の宗教画にも値する。こんな抽象画の描けるピエト・モンドリアンは、素晴らしい画家です。 一般的には、曲線美が、絵画として価値を感じるのに、必要な要素だけれど、これは、一切の曲線美を取り払い、描いた傑作だと感じた。 この絵画は、理解できる人には、理解できる。けれども、それが、理解できなければ、モダンな絵画として、理解できない人も多いと感じる。 今回は、ピエト・モンドリアンの傑作、「赤、青、黄のあるコンポジション」について、書いてみました。 Google Arts & Culture より引用 This painting is “Composition with Red, Blue and Yellow” made in 1930. The painter is Piet Mondrian (1872-1944). He studied at the Amsterdam National Academy. At first, he used Dutch painting to paint landscapes, trees, etc., but… Continue reading ピエト・モンドリアン「赤、青、黄のあるコンポジション」Piet Mondrian “Composition with Red, Blue and Yellow”

ピエール=オーギュスト・ルノワールの画家としての人生と作品。Pierre-Auguste Renoir’s life and work as a painter.

この作品は、ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)の代表的作品の「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」(制作年1880年)です。ルノワールは、フランスのパリの有名な印象派の画家です。 ルノワールの作品は、当時の豊かな人々に大変好まれました。だから、作品は、豊かな人々を描いた作品が多いです。 社交界にも、よく出ており、ルノワールの息子も社交界で活躍していました。ですから、とても、華やかな世界を生きた画家です。 多くの画家は、生前は、社会から、評価されることが、少なく、没後にその作品が社会的に認知されることが多い。 画家としては、大変恵まれた環境にいたルノワールです。色使いも、非常に多彩で、油絵の筆跡は、時に厚く、その筆跡は、エレガントです。そこに、ぽつんと、華やかな色を差し込む、そんな、アクセントは、ルノワールの才能を感じる。 実際に見ても、とても美しい作品が多数ある。 そんな中、ひとつのルノワールの作品があった。その作品は、ルノワールのメイドを描いた作品でした。あまり有名ではないその作品は、従来のルノワールの作品とは、全く異なる。何故なら、その胸元は、乱れている。そんな色気のある作品です。そこに、華やかさは、ない。 ルノワールの女性関係は、華やかだった。だから、描いてもらうことは、非常に難しいものだった。そんな中の作品です。 ルノワールは、下積み時代はありましたが、「画家としての人生」は、しあわせだった。だから、よくある、画家として、暗い作品は、見当たらない。印象派として、ルノワールは、よく知られた人物です。 この作品は、「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」(制作年1876年)の作品で、印象派として、最も評価された作品のひとつです。当時、写真技術のない時代において、このような人々を情景として残すのは、難しいからです。この絵画は、ルノワールを印象派として認知するのに、充分な作品です。 彼の作品は、好んで観ることは、多い。とても、美しい作品が多いからです。今回は、「ルノワールの画家としての人生」とその作品に登場する人物像について書いてみました。 引用 大英図書館よりのパブリックドメイン、Google Arts&Culture This work is a representative work of Pierre-Auguste Renoir (1841-1919), “Miss Irene Khan Danver” (produced in 1880). Renoir is a famous Impressionist painter in Paris, France. Renoir’s work was very much liked by the rich people of the time. Therefore, many of… Continue reading ピエール=オーギュスト・ルノワールの画家としての人生と作品。Pierre-Auguste Renoir’s life and work as a painter.

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