言葉の変化

言葉は、常に変化しています。それに気づく人々は、どれぐらいいるでしょう。 日本語は、とても難しいです。なぜなら、同音異義語があります。これは、同じ発音ですが、違う意味の言葉のことです。だから、言葉だけでは、話が、わからないので、前と後ろの文章の意味からその言葉の意味を推察します。 又、同じ漢字でも違う読み方をすることもあります。だから、何歳になっても、読むことのできない字が存在します。 そんな日本語に、「一所懸命(イッショケンメイ)」。 この言葉の意味は、置かれた立場や物事を自分の力を出し切ってすること、です。この言葉は、この20-30年で、ほとんど使われなくなりました。 この「一所懸命(イッショケンメイ)」は、「一生懸命(イッショウケンメイ)」という言葉に吸収されました。 この置かれた立場や物事を自分の命を賭けて、することです。ほんの少しの差です。言葉の意味として、「一生懸命(イッショウケンメイ)」の方が、心の勢いを感じます。 その上に、発音は、「ウ」が入っているかどうかで、ほとんど、変わらない発音です。だから、人々は、「一生懸命(イッショウケンメイ)」という言葉を使うようになりました。 そうして、「一所懸命(イッショケンメイ)」という言葉は、もう使われることもほとんどなく、この言葉を知っている若い人は、なかなかいないでしょう。 このように、同音異義語は、日本には、数多くありますが、似たような意味の言葉は、これからも、色んな形でなくなって統一されるでしょう。 そうして、時代とともに、新しい言葉ができてきます。私たちの使っている言葉は、常に進化しています。これは、日本語だけではないでしょう。 普段、私たちが、使っている言葉でさえ、このような変化があります。新しい言葉、忘れられてなくなっていく言葉。色んな言葉があります。 無くなっていく言葉には、余韻があります。そんな言葉の美しさは、理解するのも、難しくなります。 現代に生きる私たちにも、日々起きていることです。そんな言葉を探すのも、楽しいことだと思います。言葉は、常に変化していることを気づくきっかけにしてください。言葉は、私たちにとって、とても大切なものです。言葉は、生きています。 Words are constantly changing. How many people will notice it? Japanese is very hard. Because there are homonyms. This is a word that has the same pronunciation but a different meaning. Therefore, since the story cannot be understood from the words… Continue reading 言葉の変化

言葉は人間関係をよくするWords improve relationships.

「言葉」は、人間関係に最も重要な事柄である事とその育て方を私なりの見解で書いてみました。興味のある方は、ご覧になって下さると、とても嬉しいです。 私は、「言葉」が好きです。言葉遊びは、いろんなものがあります。それは、さまざまな国で、いろんな遊びがあると思います。 そうして、「言葉」の面白さを幼い時に、遊びを通じて知ります。私もよく遊びました。 ちょっと、難しい遊びもしました。日本の古い詩(歌)を、カードにしたゲームです。「百人一首」です。これは、100人分あるので、とても覚えるのが難しいです。 そうして、このゲームの面白い所は、そこに、個人の趣向が出る所です。自分のお気に入りの詩を直ぐに覚えて、カードを取ることができますが、自分の興味のない詩は、なかなか覚えられなくて、カードを取れない所です。 このように、「言葉」は、時に、ゲームになります。「言葉」は、生活する上で欠かせないものです。 「言葉」は、時に魔法のように、人々を惹きつけます。 いろんな「言葉」が、時を重ねる度に、時と同じく重なります。そうして、心に響く「言葉」は、残っていきます。ですが、良いことばかりではありません。 なぜなら、「言葉」は、多面性を持つからです。 同じ「言葉」でも、いろんな捉え方があります。だから、「言葉」は、「誤解」を生みます。だから、人間関係は、「言葉」と「態度」で、成り立ちます。 これだけ、文明が発達しても、人間関係に、「誤解」が生じます。これは、いろんな問題をはらんでいます。時に、人々は、「誤解」によって「争い」が起きます。 これは、最も危険なことです。ですが、「言葉」を持った私たちは、これを解決するのが、非常に難しいことが、よくあります。人は、本当にその人を「誤解」して嫌いになったら、その時点で、「言葉」を交わさなくなります。そうして、距離が空いて、自然と、交流がなくなります。 だから、「言葉」を持っている私たちは、非常に高度なことを求められます。 「言葉」だけで、「態度」が伴わない、こともあります。だから、「言葉」は、見せかけだけに使われたり、その逆もあります。「言葉」に「態度」が加わるので、非常にコミュニケーションが難しいです。 ところで、私たちは、「言葉」の魅力を感じ、いつの時代においても、「文字」で、「言葉」を読み、「文字」の持つ、「言葉」に魅了されます。 なぜなら、そこには、魔法のような、多面性を持った「言葉」が存在します。そこには、「態度」はありません。 「文字」の持つ「言葉」は、非常に魅力的です。そこには、多面性を持つ「文章」があり、そこには、多くの想像力が必要だからです。 「文章」は、想像力を育て、知性を磨く作業になります。なぜなら、情報が少ないので解読する力が必要になるからです。 ビデオを有効に使いながら、理解を助けるのに、使うのは、非常に良いでしょう。 けれども、そのビデオも「文章」が土台です。 ですから、「文章」は、「言葉」の基本です。「文章」にたくさん触れることは、大切です。なぜなら、人は「言葉」でコミュニケーションするからです。 良い人間関係は、「言葉」が育みます。だからこそ、「文章」に幼い頃から親しんで多くの「言葉」の数を増やしてください。 そこには、多くの読書が必要です。読書を忘れないでください。 “Words” is the most important thing in human relations and I wrote it in my own way. If you are interested, I would be very happy if you could take a look.… Continue reading 言葉は人間関係をよくするWords improve relationships.

夏目漱石の言葉Natsume Soseki’s words

自然を翻訳するとみんな人間に化てしまうから面白い。崇高だとか、偉大だとか、雄大だとか、みんな人格上の言葉になる。人格上の言葉に出来ない輩(もの)には、自然が毫(こう)も人格上の感化を与えていない。 夏目漱石 訳 自然を表現すると、人間になってしまう。だから、面白い。人柄が、とても素晴らしい形容詞(状態)になる。人間以上で無いものは、人間のように表現できない。 自然は、人間に感銘を与えているのでしょう。だから、事象としてではなく、人間と同じように捉えられ、それは、素晴らしいのものとして、表現されることが、多い。ただし、同じ自然でも、優れた事象では無い自然は、人間としての形容詞(状態)は、使われない。 結論 この事に気付いた夏目漱石の感性は、文章を扱う仕事をしていた夏目漱石は、鋭い。文学とは、多様な言葉を選びながら、作っていく作品です。そんなことを日常生活にしていると、このような発見が、あったのでしょう。才能とは、卓越した能力を必要とするのが、よく分かる文章ですね。 Transration When you express nature, you become a human being. So it’s interesting. Personality becomes a very nice adjective (state). Anything that is not more than a human cannot be expressed like a human. Nature may have impressed humans. So it is often perceived as a human being,… Continue reading 夏目漱石の言葉Natsume Soseki’s words

学問のすすめ「国は国民の教育で決まる」Recommendation of learning “National power is determined by the education of the people” 4

国とは、人の集まりである。日本国は、日本人集まりであり、イギリスはイギリス人の集まったものです。日本人もイギリス人も同じで、世界の中にいる人であれば、お互いに権利と義務を妨害する理由は無い。 1人が、1人を危害を加える理由が無ければ、2人が2人に向かって危害を加える理由も無い。だから、1,000,000人も10,000,000人も同様に扱われる。物事の道徳、道理は、人数の多い少ないの理由によっては、変わらない。 今、世界中を見渡すと、文明が発達して、文学も軍備も盛んにして豊かで、強い国があります。その逆もあります。 けれども、この貧富の差、強い、弱いの差は、国の現在の状態であって、初めから、そのような状態になったのでは、無い。これは、力だけでは、変わらない。そのようなことは、権利と義務で、行うことはできない。 日本国(1800年代後半から1900年前半)の状態は、西洋の国々の豊かで、強い事には、敵わない。けれど、一つの国として、権利と義務は、どのような国々であっても、同じです。 この貧富の差、力の強弱の差の状況は、これは、天からの定めでは無い。これは、人が、勉強するか、勉強をしないか、の理由によるもので、これは、移り変わるものです。 だから、今日は勉強ができない者でも、明日は知恵のある者になるように、勉強することが貧しさと弱さから抜け出す道です。昔も今もその例は、少なくない。 日本国人も、学問に志し、気力を持ってまず、自分自身の独立をする。それに伴って、一つの国として豊かになり、強くなることです。道徳、道理のあるものとは、交流する。道徳、道理の無いものは、交流しない。 国民が1人、1人、独立して、その国が、独立するには、このことが、重要です。 この節は、「国は同等である事」。この節は、とても良い言葉があります。人々は、平等で、その国の国民によって、国は、形成されているのです。だから、その国民が、勉強する事によって、その国は、豊かになります。決して、国の運命は、力ずくで、決められるものでは、ありません。 人々や国々は、皆、平等で、その国民、1人、1人によって、国の運命は、変わります。物事には、絶対は、ありません。努力によって、その国は変わるのです。だから、人々は、勉強をすることは、最も重要なことで、その事によって、人生や、自分の国の運命も変わります。 だから、勉強は、知識だけではなく、物事の道徳を勉強する場です。そうすれば、道徳のある人々と交流を持つことができます。これは、国としての道徳にも現れて、それは、信頼になり、良い国々と交流を持つことができます。 正しい判断ができるようになるので、道徳の無い国々とは、交流しない決断もできます。 このように、国は、国民1人、1人の教養が、その国の基礎になり、良い国家になることができます。これは、どんな国であっても、それは、チャンスがあります。 ですが、そこには、国民1人、1人の教養が必要で、このことは、最も重要なことです。このように勉強は、貧しさや国の運命までも変える力があります。今、貧しい国も、勉強すれば、豊かになれます。これは、努力が、必要です。 決して、カンニングとか、不正をしてはいけません。これは、道徳が有れば、そのようなことは、してはいけないことが、分かります。勉強は、子供の時だけではありません。常に謙虚に、勉強することは、最も大切です。 知能だけでは、いけません。そこに、しっかりとした道徳を学ぶ必要があります。これは、信頼関係を保つ為に最も、重要なことで、これを疎かにすれば、勉強をしても、その勉強は、無駄になります。 何故なら、道徳のない人々や国々には、道徳の無い人々や国々が集まるからです。そこには、不幸しかありません。 良い国々と交流するには、道徳と勉強は、なくてはならないものです。今回は、「学問のすすめ」から、教育の在り方と国の在り方を書いてみました。 A country is a group of people. Japan is a gathering of Japanese people, and Britain is a gathering of British people. The same is true for Japanese and British, and if you are in the… Continue reading 学問のすすめ「国は国民の教育で決まる」Recommendation of learning “National power is determined by the education of the people” 4

鳴門海峡の自然が教える努力Efforts taught by nature in the Naruto Strait.

日本に明石海峡大橋と鳴門大橋があります。 この2つの橋は、島をひとつ渡って、本州と四国を繋いでいる高速道路の大橋です。 この橋は、渦潮という、大きな海のうねりがある、ところに建設されています。 下が、先ず、海ですから、河、の橋とは、格段に、技術が必要です。 何故なら、真水とは、違い、海水です。ですから、すぐに、痛み易いです。 素材も、とことん、こだわりが有ります。 メンテナンスが、容易に出来る様に、メンテナンスのする人の渡る部分も有りますし、それは、とても凄い技術です。 橋の吊るケーブルももちろんですが、その吊って居る支柱は、エレベーターで、上がります。 遠くから見れば、普通の橋の様ですが、支柱をエレベーターで上がる程、壮大な建築物です。 その下には、渦潮があり、そこには、又、素晴らしい、事が発覚できます。 その激流の海流の中で、育った海の生き物達は、素晴らしい程、美味しいのです。 その代表が、タコ、です。吸盤で張り付いて、流されないように、生息しています。 ですので、身が、引き締まって、とても美味しい、のです。 他にも、「ワカメ」などの海藻も、そのような環境で、育った海の生きものは、とても美味しいです。 とても、日本では、有名な食材です。 厳しい環境で、晒される事は、一見、不幸なことのように、思われる事が、多いです。 ですが、このような自然界が、教えてくれているようです。 どんな環境でも、堪えて、頑張れば、それは、とても素晴らしい結果になり、大きな実りをもたらす、ことを教えてくれています。 自分の置かれた環境に、不平を言わず、それをバネに、大きく成長して、ください。  

二宮金次郎が教える「勉強」の素晴らしさ。The splendor of “study” taught by Kinjiro Ninomiya.

ほとんどの日本の小学校にある、「二ノ宮金次郎」の像をご存知でしょうか。 この頃は、改築の時に撤去されることも多いようです。 残念なことです。 多分、日本人なら、知っていると思います。 外国の方は、知らない人も多いと思います。 この像は、1787年に生まれた、実在の人物です。 薪を背に背負って本を開いて勉強する姿、です。 とても貧しいので、夜、勉強するのに、明かりさえ与えられず、明るい時間は、働きながら、本を手にしてひたすら、自分で勉強しました。 その幼少期の時の姿です。このように、決して恵まれない環境でさえ、「勉強」することの大切さを、心に刻む像が日本にはあります。 この人物は、身分制度の厳しい時代に、農民でお金も無い家に生まれました。 そして勉強して、知恵を絞って、自分だけでなく、多くの人を救い、出世しました。 今の時代でも「尊敬」されています。「教育」を受ける時間がなくても、工夫すれば、「勉強」できます。 「勉強」は、「人生」を変えると、以前書きました。 (クロームブックの作り方。教育の平等化。How to make chrome book. Equality of education.) 「勉強」とは、自分の人生の選択肢を多くする為に、基礎をしっかりと学ぶことが、重要です。基礎をしっかりと学ぶと、「道徳心」も生まれます。 それは、どんな境遇の人でも、「本」があれば、できます。 ノートは、枯木をペンにして、砂に「字」を書いても、勉強できます。 大人は、子供に「勉強」の大切さ、を教えれば、子供は、自分で勉強するようになります。 本当に勉強が、出来る、ということは、自分で勉強する事、です。 人から教えられた「勉強」は、「暗記」であって、身につきません。 回り道をして、自分で調べ、学び、学んだことは、身についた「勉強」で、「暗記」ではなく、それは、実際の自分の「人生」を変えます。 ですから、本当の勉強は、個人差がありますが、「時間」をかけて、「自分で学ぶ」ことが大切です。 「勉強」に近道は、ありません。この「二ノ宮金次郎」の像は、「常に勤勉(キンベン)であることは、すばらしい」ことを教えています。 「勤勉、キンベン」とは、「まじめに」「勉強」することです。 これは、基礎の「勉強」だけでは、なく、日本では、「勤勉(キンベン)に働く」とよく言います。 つまり、大人になって、社会人になっても、「仕事」は、「まじめに勉強すること」です。 ですから、常に、「仕事」は、「改善、カイゼン」です。 この言葉は、トヨタ自動車、で、世界的に有名な言葉、です。 単純な仕事は、ありません。 小さな事でも、良いのです。 仕事から、得られることを、勉強して、答えを出します。 そこには、「改善、カイゼン」があります。 小さなことです。これを、ひとつ、ひとつ、重ねていくと、大きな「差」が、つきます。 これは、「洗濯の仕方」 (セルフクリーニングでもっと清潔に!Cleaner with self-cleaning!) にも、書きました。 まじめに、物事をする事は、大切です。 小さなことを、軽く考えては、いけません。 それを、まじめに、取り組み、ひとつ、ひとつ、積み重ねる、ことは、恥ずかしいことではありません。 近道は、決してありません。 真の「勉強」は、境遇ではなく、「心構え」です。 これは、「サムライ」 (まじめに生きる。Live seriously.) で書きました。 本当の「勉強」は、教えられなくとも、「道徳心」が、身に付きます。 親は、決して、子供を自分のものとは、思ってはいけません。… Continue reading 二宮金次郎が教える「勉強」の素晴らしさ。The splendor of “study” taught by Kinjiro Ninomiya.

記録映画をみたI watched a documentary film.

第二次世界大戦は、日本に多くの犠牲者を出しました。 日本は、世界で唯一の被曝国です。1945年の8月6日に広島に原爆が、投下され、その上に、長崎も同年、8月9日に原爆が投下されました。 灼熱の中、多くの犠牲者が出てから今年、2020年は、75年目になります。 毎年、黙とうが、捧げられ、ここ日本では、犠牲者を心から、悼み、世界平和を祈ります。 日本では、8月15日が、終戦記念日とされる。 これは、昭和天皇のお言葉により終戦を告げられました。 そのラジオ放送のあった日です。 しかし、世界は、国によって終戦日が、違います。 一番遅いのは、ロシアの9月3日です。 このタイムラグについて、書いていこうと思います。 私は、ひっそりとした映画館で、「樺太1945年夏 氷雪の門」を観ました。 ずいぶんと前のことです。この映画は、放送禁止になっています。 だから、多くの人は、知らない。 樺太とは、今のサハリン島のことで、8月15日、昭和天皇が、終戦を告げました。 ラジオ放送を聞いた樺太の住民が、武器も捨て、何も持たない住民が、次々とその当時のソ連軍(現ロシア)によって殺害されていくのです。 その日付8月20日。 それを電話交換手が、取り次いでいく。話です。 武力も、日本は、持たないから、そのまま、殺害される。 それは、残酷なもので、女性は、死ぬ前、死体であっても、残酷なことをされるのである。 だから、真岡町の上陸を開始したことを知った真岡郵便電信局の電話交換手の女性達は、青酸カリで、自ら死を選んだ、という話です。 だから、日本は、8月15日が終戦記念日だけど、その国によって違う。 つまり、武力を捨てた後も、攻撃され、多くの人命と領土を失った事実があります。 けれど、敗戦国は、それを語ることさえ、できない。 ソ連軍は、北海道さえ、狙っていた、と語る人がいる。 人間は、それが正当であると指導者が言えば、バイアスがかかると何でもする。 究極に残酷になれる。 だから、日本の国民は、このことを、もう一度、振り返って、考えることが、必要です。 日本では、決して教えられない、歴史こそ、真実があります。 いくら、世界平和を願っても、人間は、残酷な存在で、自己中心的です。 核廃絶だって、いくら願っても、それをやめる国は無く、逆に増えている。 戦後、75年経ってこのような有り様だから、これは、実現しない。 お互いに脅すことは、最も重要なことだと思う。 武力が無ければ、「樺太」のようになる。 人間は、いつか、自滅するか、自然界から、追い出される、ことになると思う。 地球温暖化によって、北極の氷山が、無くなれば、航路が増えたと喜ぶ程、自己中心的だから。 そうやって、人間は、繁栄してきた。 生物の食物連鎖の頂点を立つ、人間がこのような状態だから、下を支える生物は、次々と絶滅しています。 今、人間が、口にしているのは、「養殖されたもの」「栽培されたもの」で、自然界のものではない。 だから、人間は数が、多すぎる。 医療によって、寿命も伸びた。 このまま、平穏で、人間だけ生き残ることは、できない。 「始まりがあれば、終わりがある」これは、自然の摂理です。 あんなに栄えていた恐竜さえ、突然、居なくなった、地球史があります。 樺太1945年夏 氷雪の門の少女像は、北海道稚内市、稚内公園に9人の少女像があります。 そこには、彼女達の最後のことば、「みなさんこれが最後です。さようなら。さようなら。」と刻まれています。 この記事は、Wikipedia より引用されて、作られました。 稚内公園 Wakkanai Park World War II caused many… Continue reading 記録映画をみたI watched a documentary film.

人間関係は難しいー枕草子72段。Relationships are difficult-72 steps of pillow grass.

ありがたきもの舅(シュウト)にほめらるる婿(ムコ)。また、姑(シュウトメ)に思はるる嫁の君。毛のよく抜くるしろがねの毛抜き。主(シュウ)そしらぬ従者(ズキ)。つゆの癖(クセ)なき。かたち、心、ありさますぐれ、世に経(フ)るほど、いささかのきずなき。同じ所に住む人の、かたみに恥ぢかはし、いささかの隙(ヒマ)なく用意したりと思ふが、つひに見えぬこそ、かたけれ。物語、集(シュウ)など書き写すに本に墨(スミ)つけぬ。よき草子(ソウシ)などは、いみじう心して書けど、かならずこそきたなげになるめれ。男女(オトコオンナ)をばいはじ、女どちも、契(チギリ)深くて語らふ人の、末(スエ)までなかよき人かたし。 ありがたきもの 枕草子第72段 Arigatakimono Shuto ni homerareru Muko. Mata syuutome ni omowaruru yome no Kimi. Ke no yokunukuru sirogane no kenuki. Stu sosiranu zuki. Tuyu no Kuse Naki. Katachi Kokoro Arisama sugure yo ni furuhodo isasaka no kizunaki. Onaji tokoro ni sumu hito no katami ni hajikawasi isasaka no hima naku youisitari to omou ga tuini… Continue reading 人間関係は難しいー枕草子72段。Relationships are difficult-72 steps of pillow grass.

学問のすすめ「人が平等であるために必要なのは勉強」3Recommendation of learning “Study is necessary for people to be equal” 3

「学問のすすめ」には、日本人なら、誰でも知っている言葉があります。「天は、人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」この本は、この言葉から始まる。その中に「人は同等なる事」という章があります。 そこには、こう書かれています。今、人と人との比較をすれば、それは同じとは言えない。豊かな人、貧しい人、色んな地位の人がいる。そのことを言っているのではない。と始まる。 その平等とは、「権理通義(ケンリツウギ)」を指しています。これは、人々の命を大事にする。その身分や財産を守ること。その世間に対する名誉を守ること。これは、どんな小さなことでも、軽く扱うことは許されない。 天から命を授かった心と身体は、大切にしなければならない。 どんな大金持ちのお金でも、小さなお菓子しか買えない、わずかなお金でも、同等に、大切に扱うことは、大切です。 世の中の悪いことわざに「泣く子供と権力にはかなわない。」「親と主人は無理を言う」など、ある。そういった間違いを論ずる者もいる。けれども、身分は違うけれども、人として痛いものは、誰でも痛い。だから、どんな身分であっても、それは、軽く見てはいけない 「貧富強弱(ヒンプキョウジャク)」つまり、貧しい者、豊かな者、強い者、弱い者。これは、人々の状態である。暴力の力、政治と人民の力。色んな力があるけれど、同等に扱うことが、大切です。 政府は、法で人民を守ることは、政府の当然の役目です。税金を払うことのできる金額によって差別することはできない。どんな身分であっても、常に同位同等。つまり、皆同じ価値があることを忘れては、いけない。 政府は、人民のために法を制定し、それに従うのが人民です。 法は、人民1人に不便利があっても、それは、改革までは、法を動かしてはならない。 これを守ることは、人民の役目です。そうすることが、大切なのに、勉強せずに文字が読めない。道徳の道理も知らない。身についている習慣は、飲食と寝ることと起きること。無学のくせに欲は深く、目の前で人を騙して、巧みに政府の法を逃れる。国の法律がどう言うものか分からない。自分の職務上の役目を分からない。子供をたくさん産んでも、その子供に教育する方法も分からない。 要するに、世の中で名誉を失っても恥ずかしくない、法律も知らない、そういう馬鹿者が、子供をたくさん産めば、国の利益にはならない。国を悪くする者です。 こういった馬鹿者を取り扱うのは、道徳は、通じない。 これは、望むことではないが、力を持って脅し、ほんのわずかな期間、大きな損失が出ても、そのようにするしかない。つまり、世の中に暴力のある政府がある理由です。独裁政府もある。 国の暴力政府は、必ずしも、政府の暴力ではない。その事実は、人民の無学、つまり知恵がない。そうして、政府は、不幸になる。 他人に操られて暗殺の計画をする者、新しい法律を誤解してデモをする者、言い訳を作って訴訟を起こし、金持ちのお金を盗む者もいる。その様子は、人間のするようなものではない。どんな君子であれども、良い提案はない。とにかくここは、非常に厳しい政治を行う必要がある。 よって、このように言う。人民が、暴力政府を避けたいと思うならば、一刻も早く、学問に向かう心を持ち、自分から、才能、知能、道徳を高くすることです。そうすれば、政府と、同位同等の地位になる。これが、私(福沢諭吉)のすすめる学問の目的とする考えです。 このように、政府、つまり国が、よくなるには、人民の学問が平等に行き渡れば、国は安定し、発展することを述べています。これは、国のあり方として、非常に重要です。良い人民がいれば、良い政府になり、国は、発展し、安定し、これは、暴力は、必要ではないことを述べています。非常に重要で、とても、好きな章なので、長文ですが、読んで下さった方は、ありがとうございます。 There is a word that every Japanese person knows in “Recommendation of learning”. “Heaven does not make a man above a man, nor a man under a man.” This book begins with this word. There is a… Continue reading 学問のすすめ「人が平等であるために必要なのは勉強」3Recommendation of learning “Study is necessary for people to be equal” 3

勤勉であることを大切にした二宮尊徳。Sontoku Ninomiya who valued being diligent.

今回は、以前にブログに取り上げた、薪を背負って勉強して、立身出世した、二宮金次郎の成人になった、二宮尊徳の言葉です。 貧となり富めるものとなるのは偶然のことではない。富める人は富を得る原因があり、貧しいものは貧しくなる原因がある。富は節倹をなし、よく働くものに集まってくるもので、偶然集まってくるものではない。財は油断すれば自分のもとより逃げていく。富財を得ようとするには勤勉と節倹、努力によってのみ得られる。1日働けば働いただけ利益があるが、1日働かねばそれだけ損失が大きい。こういうわかりきったことがなかなかおこなわれないのが人間のありさまである。明日をたのまず、今日1日働くべきである。 二宮尊徳 訳文 「貧乏になる人、富のある人は、偶然に発生するものではない。富のある人は、富を得られる原因がある。又、貧しい人は、貧しくなる原因がある。 富を持つには、節約(要らないものを持たないでお金を貯めること)、倹約(必要なものも持たないでお金を貯めること)をして、そうして一生懸命働いた人にお金は集まってくるもので、偶然にお金は集まってこない。 財産は、注意を油断すれば、自分のところから逃げていく。豊かな財産を得るためには、仕事や勉強に一生懸命になり、節約(要らないものを持たないでお金を貯めること)、倹約(必要なものも持たないでお金を貯めること)、努力によって、しか、お金を得る手段はない。 1日働けば、その日働いた分だけの利益があるが、1日働かずにいれば、それは、その分、損失が大きく発生する。 こういう、当たり前の誰にでもわかる、物事が、なかなかできないのが人間の状態です。将来を期待しないで、今日を大切にして、働くべきです。」 幼少期を貧しく過ごして、のちに、地域の農村を助け、みんなの為に働き、人々を豊かにして、立身出世した二宮尊徳の言葉には、事実に裏付けされたものがあります。 勤勉であること。お金を大切にすることを最も強調しています。この言葉は、人生の道しるべになりますように。皆さまのご多幸をお祈りします。 This time, I mentioned in my blog earlier, the words of Sontoku Ninomiya, who became an adult of Kinjiro Ninomiya, who studied with firewood on his back and succeeded in life. Translation “People who become poor and those who are rich do not happen… Continue reading 勤勉であることを大切にした二宮尊徳。Sontoku Ninomiya who valued being diligent.

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