日本の文化、「侘び寂び」を書いてみようと思います。
「平家物語」で、お話しようと思います。
私は、有名なところを暗唱できます。
平家物語の侘び寂びをお話ししていきます。
第一巻のはじめです。
これを紐解いていきましょう。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。ギオンショウジャノカネノコエ、ショギョウムジョウのヒビキアリ。」これは、ギオンは、京都の場所の名前です。
そのお寺の鐘を打つ「音」を「声」としています。
実際には、祇園精舎には、鐘は、ありませんが、京都は、昔は、政治をしているところでした。
その「声」が、すべてのモノ、すべての出来事(諸行、ショギョウ)は、いつも、同じでは、無い(無常、ムジョウ)と、言っています(響あり。ヒビキアリ。)「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。サラソウジュノハナノイロ、ジョウシャヒッスイノコトワリヲアラハス。」サラソウジュノハナノイロ、とは、京都のあるお寺で、春になると、この花を見ながら、お茶をします。
このお花は、とても「哀しみを持って」花が咲きます。
白色の花で、花が開くと同時に、地面に落ちて、1週間ほど、咲きます。
この「落ちた花」を、「盛者、ジョウシャ」もっとも勢いのある人、出来事、すべてが、「必衰、ヒッスイ」かならず、衰えてしまう、姿だと言っています。
「おごれる人も久しからず、だだ春の夜の夢のごとし。
オゴレルヒトモヒサシカラズ、ダダハルノヨルノユメノゴトシ。」「オゴレルヒト」とは、権力を持っている人のことです。
京都は、昔は、政治の都でした。「ヒサシカラズ」とは、永遠では、無いということです。「ダダハルノヨル」とは、春は、桜の季節です。この花も1週間ほどしか、見頃の無い花です。
その「ヨル」は、暗くて、しっかりとしたものではない、という意味です。昔は、今のように、電気は無いので、とても、「何も無いような」意味です。
そして、「夢」も無いものです。「春」、「夜」、「夢」、全部、「儚くて、無いもの」だとして、います。「たけき者も遂にはほろびぬ、タケキモノモツイニハホロビヌ、」「タケキモノ」とは、「力」を持っている人のことです。「ツイニハホロビヌ」とは、「これも滅びてしまう」という意味です。
そして、こう続きます。「ひとへに風の前の塵に同じ。ヒトヘニカゼノマエノチリニオナジ」。「ヒトヘニ」とは、「すべての人、出来事」。
そして、こう続きます。「カゼノマエノチリにオナジ。」「風」に吹かれた「小さなホコリのゴミ」と「同じ」だと言っています。
つまり、すべての人、出来事は、永遠では、無いと、教えています。
この文章の後に、外国の政治も「永遠」では、無かった。と、続きます。
このように、日本には、「無常、ムジョウ」同じ、ものは無い。という、教えが、あり、これは、仏教という、宗教でも、良く話されています。
ですから、日本は、「ジャパン、ファースト」とは、決して言わないのです。
「もののあわれ、モノノアワレ」です。その「少ないもの」から、美しさを見つけるのが「ワビ」で、その「はかなさ、ハカナサ」は、「少ないもの」で、「サビ」です。この「平家物語」に「声」「花」「春」など、「美しさ」があります。
今回は、「平家物語」と「仏教の教え」から、日本の「侘び寂び」をお話ししてみました。
I’m going to write a Japanese culture, “wabisabi”.
I’m going to talk about “Heike Monogatari”.
I can recite famous places.
I will talk about wabi-sabi in The Tale of the Heike.
It is the beginning of the first volume.
Let’s solve this. “The sound of the bells of Gion Seisha, with the sound of impermanence. Gionshojanokanenokoe, Hibikiari of Shojoumujou.” This is the name of a place in Kyoto.
The “sound” that strikes the temple bell is called “voice”.
Actually, there is no bell in Gion Seisha, but Kyoto used to be politician in the past.
The “voice” says that all things, all events (lines, shogyo) are always the same, but not (inconsistent, mujo) (with sound. Hibikiari.) The color of the sun, the essence of the prosperity.
Tea while watching the flowers.
These flowers bloom very “with sorrow”.
It is a white flower that falls on the ground as soon as the flower opens and blooms for about a week.
This “fallen flower” is said to be “the prosperity, Jousha”, the most powerful person, the event, and the form that all the “deterioration, jade” will fade away. “It’s been a long time since the people who are sick, the dreams of a Tada spring night. Ogorel Hitomosashikarazu,.” “Ogorelhitto” is a person who has power.
Kyoto used to be a political city. “Hisashikarazu” means that there is no eternity. “Dadaharnoyol” is the season of cherry blossoms in spring.
This flower is also a flower that can only be seen for about a week. “Yor” means dark and not solid.
In the past, as there is now, there is no electricity, so it means “nothing at all”.
And there is no dream. “Spring”, “Night”, “Dream”, all are described as “transient and nothing”. “The bamboo shoots will never end up, Takekimonomotsuinihahorobinu.” “Bamboo shoots” are those who have “power”. “Tsiniha horobinu” means “this will also perish.” And so on. “Similar to dust in front of the wind to humans. “Hot henny” is “everyone, an event.”
And so on. “Oh, it’s the same as” small dust trash “blown by the wind. In other words, all people and events are taught that there is no eternity. After this sentence, there was no foreign politics in eternity. And so on.
As you can see, there is no such thing in Japan as “perfect, Mujo”.
There is a teaching, which is also often spoken in Buddhism, a religion.
That is why Japan never says “Japan, First”.
It is “Failure of things, Mononoaware”. It is “wabi” that finds beauty from the “little things”, and “transience, hakanasa” is “small things” and “rust”. It is “Sabi”.
This “Heike Monogatari” has “beauty” such as “voice”, “flower” and “spring”.
This time, I talked about Japanese “wabisabi” from “Heike Monogatari” and “Teaching of Buddhism”.
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