日本は曖昧の文化古典から読み解く。Japan interprets from the cultural classics of ambiguity.

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有名な第一段。日本人なら、ああって言うほど、メジャーな部分。

春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。

なんてことない。春の情景です。

けれども、実際に日本に住んでいると、この情景は、なんとも言えない、日本の春を彷彿するのです。けれども、実際に日本に住んでみるとこの情景は、日本の文化でもある。

日本の春の空は、いつも雲のかかっているような空がほとんどなのです。だから、「紫立ちたる雲」って言葉に、強くひかれる。これが日本の春の空だからです。日本は、偏西風が中国からちょうど通るのが、春。中国は、黄河という大きな河があります。その黄河は、黄色い小さい砂を撒き散らします。そうして、それは、中国では、光化学スモックのように埃のように舞い上がる。その黄河の砂が、偏西風に乗って、日本に到達するのが、春です。だから、薄雲のようにいつも、春は曇天で桜も綺麗なピンクには見えない。紫の雲に混じって曇天の中、朝日と桜が、ぼんやり映る景色なのです。そう、日本の春は、いつも、曇天です。だから、「紫立ちたる雲」の美しさは、桜と朝日が、黄砂によって、ぼんやりとして、光に映った様子。まさに、そのぼんやりした、情景が、見事に美しいのです。

だから、日本の桜を海外に移植しても「日本の桜」の美しさは、ここ、日本でしか見れないのです。この、ぼんやりとした様子から、美しさを見出す、この文化は、日本の気質、曖昧さ、を見事に表現しています。つまり、交わりあうことによって、新たな美しさを見出すのです。それは、非常に、曖昧さ、があります。曖昧さは、日本の「和」にも通じます。これは、色んな物事を受け入れながら、これは混じり合い、その中から、美しさを見出しています。

私は、このブログのサポートを英語のチャットで受けます。けれども、英語には、「私」「あなた」と必ず、主語が必要です。

しかし、日本語は、主語を記載すると、日本の文章の「美しさ」が損なわれます。これは、文章にあらかじめ、お互いに、分かり合っていることを、書かないという文化があります。これは、海外から見れば、曖昧さ、に感じられるでしょう。けれども、「互いに分かり合っていることを」省略することにより、文章が、定型でなくなり、それは、多くの多様性を持った美しい文章を生み出すことになります。

あえて、省略することは、色んな美しさを持った文章構成ができるのです。だから、日本の文化は、そういう意味でも、曖昧さ、があります。

曖昧さ、は、悪く言えばルーズ、良く言えば、寛容である、と言えます。これは、日本の文化の、最も基本的な事柄です。ルーズとは、悪い、とは言いましたが、互いに「許しあえる優しさ」でもあり、これには、日本は、道徳が非常に大事になってきます。

儒教は、歳上を大切にし、人を大切にする道徳です。日本は、文化的に中国との繋がりが長く、多くのことを学んでいます。この儒教も孔子の教えであり、中国伝来のものです。韓国は、漢字を使いませんが、日本は、中国から伝来した、漢字を大切に使っています。このように文化や地域的に非常に繋がりがあります。

この、日本の曖昧さ、は、出発点は、中国でありながら、日本独特に発展しています。なぜなら、中国語も英語も構文は同じです。だから、非常にYES,NOがはっきりしています。しかし、文章構成的には、日本と韓国は、構文が同じです。だから、文章を最後まで聞かなければ、YES,NOはわかりません。

このように色んな国と文化を比較すれば、日本は多くの国々の文化を許容し、発展しています。これは、日本の文化の、美しさに、曖昧さ、があってこそ、このように日本は発展することができたのです。

今回は、古典の枕草子より、日本文化、曖昧さ、を説明しました。日本の文化を知ってくださり、これが、日本の気質であり、色んな文化と交流することを大切にしています。

なぜなら、日本は、西洋文化を受け入れる時には、カタカナ文字を作りました。だから、色んな文化が日本語にあることが、日本の言葉を勉強すれば、理解できると思います。

日本は、あまり主張は得意ではありませんが、寛容に受け入れることのできる文化を持っています。今、国際的に不安定な要素が多いですが、日本は、主張しませんが、色んな国々と深く交流する文化を持っています。

反発しあうのではなく、互いに深く交流し、互いに理解を深め、互いに発展できるような世界観が世界中に広がれば、とても嬉しく思います。是非、日本の文化、曖昧さ、が、世界に広がって欲しいと、私は、心から願っています。

The famous first stage. If you’re a Japanese, it’s a major part.

Spring is Akebono. The hills that are finally getting darker are a little lighter, and the purple clouds flutter down.

There is nothing. It is a spring scene.

However, when I actually live in Japan, this scene is indescribably reminiscent of spring in Japan. However, when I actually live in Japan, this scene is also Japanese culture.

Most of the spring sky in Japan is always cloudy. That’s why I’m strongly attracted to the word “purple standing clouds”. Because this is the spring sky in Japan. In Japan, the westerly wind just passes from China in spring. China has a large river called the Yellow River. The Yellow River scatters small yellow sands. Then, in China, it soars like dust like a photochemical smock. It is spring when the sand of the Yellow River rides on the westerly wind and reaches Japan. Therefore, like thin clouds, it is always cloudy in spring and the cherry blossoms do not look like beautiful pink. In the cloudy sky mixed with purple clouds, the sunrise and cherry blossoms are dimly reflected. Yes, spring in Japan is always cloudy. Therefore, the beauty of the “purple standing clouds” is that the cherry blossoms and the morning sun are vaguely reflected in the light by the yellow sand. Indeed, the vague and beautiful scene is beautiful.

Therefore, even if Japanese cherry blossoms are transplanted overseas, the beauty of “Japanese cherry blossoms” can only be seen here in Japan. This culture, which finds beauty from this vague appearance, perfectly expresses Japan’s temperament and ambiguity. In other words, by interacting with each other, we discover new beauty. It has a great deal of ambiguity. Ambiguity also leads to Japanese “wa”. It accepts a lot of things, but it mixes and finds beauty in it.

I get support for this blog in English chat. However, English always requires the subject “I” and “you”.

However, in Japanese, if the subject is stated, the “beauty” of Japanese sentences will be spoiled. This is a culture in which we do not write in advance what we understand each other in the text. This may seem ambiguous when viewed from overseas. However, by omitting “what we know each other”, the text becomes non-standard, which produces beautiful text with a lot of variety.

If you dare to omit it, you can compose sentences with various beauty. Therefore, Japanese culture has ambiguity in that sense as well.

Ambiguity is, at worst, loose, and at best, forgiving. This is the most basic thing in Japanese culture. Loose is bad, but it is also “forgiving kindness” to each other, and morality is very important for this in Japan.

Confucianism is a moral that values ​​older people and values ​​people. Japan has a long cultural connection with China and is learning a lot. This Confucian religion is also a Confucius teaching and is from China. Korea does not use kanji, but Japan carefully uses kanji that came from China. As you can see, there is a great deal of cultural and regional connection.

This ambiguity of Japan is unique to Japan, even though the starting point is China. Because the syntax is the same for both Chinese and English. Therefore, YES and NO are very clear. However, in terms of sentence structure, Japan and South Korea have the same syntax. So, if you don’t listen to the sentence to the end, you won’t know YES or NO.

Comparing the cultures of various countries in this way, Japan accepts and develops the cultures of many countries. This is because Japan was able to develop in this way only because of the beauty and ambiguity of Japanese culture.

This time, I explained Japanese culture and ambiguity from the classic Pillow Soshi. It is important for you to get to know Japanese culture, and this is the nature of Japan, and to interact with various cultures.

Because Japan made Katakana characters when it embraced Western culture. Therefore, I think that you can understand that there are various cultures in Japanese by studying Japanese language.

Japan is not very good at making claims, but it has a culture that can be tolerated. Nowadays, there are many factors of international instability, but Japan has a culture of deep interaction with various countries, though I do not insist.

I would be very happy if a world view that allows us to interact deeply with each other, deepen mutual understanding, and develop each other, rather than repel each other, spreads around the world. I sincerely hope that Japanese culture and ambiguity will spread to the world.

任天堂のキャラクター、人気の秘密。Nintendo character, popular secret.

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任天堂は、日本の代表的な会社です。

この会社の原点は、「花札」にある。

「花札」とは、日本のカードゲームで、季節の花などの書かれたカードで、遊びます。

これが、もう、世界的なゲーム会社になったのだから、凄いことです。

Nintendo is a leading Japanese company. The origin of this company is in the “hanafuda”.

“Hanafuda” is a Japanese card game where you play cards with seasonal flowers.

This is amazing because it has become a global game company.

この会社は、創業年1889年です。

この記事を書いているのは、2020年だから、131年間です。

凄い会社です。この会社は、人気のキャラクターが、たくさんあります。

このキャラクターの作り方が、先ず、上手い。

どう「上手い」かと言うと、それは、人間の原点を知って作られています。

平家物語はワビサビの無常文学。The Heike Story is an impermanent literature of Wabisabi.

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日本の文化、「ワビサビ」を書いてみようと思います。

「平家物語」で、お話しようと思います。

私は、有名なところを暗唱できます。

第一巻のはじめです。

これをヒモ解いていきましょう。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。ギオンショウジャノカネノコエ、ショギョウムジョウのヒビキアリ。」これは、ギオンは、京都の場所の名前です。

そのお寺の鐘を打つ「音」を「声」としています。

実際には、祇園精舎には、鐘は、ありませんが、京都は、昔は、政治をしているところでした。

その「声」が、すべてのモノ、すべての出来事(諸行、ショギョウ)は、いつも、同じでは、無い(無常、ムジョウ)と、言っています(響あり。ヒビキアリ。)「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。サラソウジュノハナノイロ、ジョウシャヒッスイノコトワリヲアラハス。」サラソウジュノハナノイロ、とは、京都のあるお寺で、春になると、この花を見ながら、お茶をします。

このお花は、とても「哀しみを持って」花が咲きます。

白色の花で、花が開くと同時に、地面に落ちて、1週間ほど、咲きます。

この「落ちた花」を、「盛者、ジョウシャ」もっとも勢いのある人、出来事、すべてが、「必衰、ヒッスイ」かならず、衰えてしまう、姿だと言っています。

「おごれる人も久しからず、だだ春の夜の夢のごとし。

オゴレルヒトモヒサシカラズ、ダダハルノヨルノユメノゴトシ。」「オゴレルヒト」とは、権力を持っている人のことです。

京都は、昔は、政治の都でした。「ヒサシカラズ」とは、永遠では、無いということです。「ダダハルノヨル」とは、春は、桜の季節です。この花も1週間ほどしか、見頃の無い花です。

その「ヨル」は、暗くて、しっかりとしたものではない、という意味です。昔は、今のように、電気は無いので、とても、「何も無いような」意味です。

そして、「夢」も無いものです。「春」、「夜」、「夢」、全部、「儚くて、無いもの」だとして、います。「たけき者も遂にはほろびぬ、タケキモノモツイニハホロビヌ、」「タケキモノ」とは、「力」を持っている人のことです。「ツイニハホロビヌ」とは、「これも滅びてしまう」という意味です。

そして、こう続きます。「ひとへに風の前の塵に同じ。ヒトヘニカゼノマエノチリニオナジ」。「ヒトヘニ」とは、「すべての人、出来事」。

そして、こう続きます。「カゼノマエノチリにオナジ。」「風」に吹かれた「小さなホコリのゴミ」と「同じ」だと言っています。

つまり、すべての人、出来事は、永遠では、無いと、教えています。

この文章の後に、外国の政治も「永遠」では、無かった。と、続きます。

このように、日本には、「無常、ムジョウ」同じ、ものは無い。という、教えが、あり、これは、仏教という、宗教でも、良く話されています。

ですから、日本は、「ジャパン、ファースト」とは、決して言わないのです。

「もののあわれ、モノノアワレ」です。その「少ないもの」から、美しさを見つけるのが「ワビ」で、その「はかなさ、ハカナサ」は、「少ないもの」で、「サビ」です。この「平家物語」に「声」「花」「春」など、「美しさ」があります。

今回は、「平家物語」と「仏教の教え」から、日本の「ワビサビ」をお話ししてみました。

I’m going to write a Japanese culture, “wabisabi”.

I’m going to talk about “Heike Monogatari”.

I can recite famous places.

It is the beginning of the first volume.

Let’s solve this. “The sound of the bells of Gion Seisha, with the sound of impermanence. Gionshojanokanenokoe, Hibikiari of Shojoumujou.” This is the name of a place in Kyoto.

The “sound” that strikes the temple bell is called “voice”.

Actually, there is no bell in Gion Seisha, but Kyoto used to be politician in the past.

The “voice” says that all things, all events (lines, shogyo) are always the same, but not (inconsistent, mujo) (with sound. Hibikiari.) The color of the sun, the essence of the prosperity.

Tea while watching the flowers.

These flowers bloom very “with sorrow”.

It is a white flower that falls on the ground as soon as the flower opens and blooms for about a week.

This “fallen flower” is said to be “the prosperity, Jousha”, the most powerful person, the event, and the form that all the “deterioration, jade” will fade away. “It’s been a long time since the people who are sick, the dreams of a Tada spring night. Ogorel Hitomosashikarazu,.” “Ogorelhitto” is a person who has power.

Kyoto used to be a political city. “Hisashikarazu” means that there is no eternity. “Dadaharnoyol” is the season of cherry blossoms in spring.

This flower is also a flower that can only be seen for about a week. “Yor” means dark and not solid.

In the past, as there is now, there is no electricity, so it means “nothing at all”.

And there is no dream. “Spring”, “Night”, “Dream”, all are described as “transient and nothing”. “The bamboo shoots will never end up, Takekimonomotsuinihahorobinu.” “Bamboo shoots” are those who have “power”. “Tsiniha horobinu” means “this will also perish.” And so on. “Similar to dust in front of the wind to humans. “Hot henny” is “everyone, an event.”

And so on. “Oh, it’s the same as” small dust trash “blown by the wind. In other words, all people and events are taught that there is no eternity. After this sentence, there was no foreign politics in eternity. And so on.

As you can see, there is no such thing in Japan as “perfect, Mujo”.

There is a teaching, which is also often spoken in Buddhism, a religion.

That is why Japan never says “Japan, First”.

It is “Failure of things, Mononoaware”. It is “wabi” that finds beauty from the “little things”, and “transience, hakanasa” is “small things” and “rust”. It is “Sabi”.

This “Heike Monogatari” has “beauty” such as “voice”, “flower” and “spring”.

This time, I talked about Japanese “wabisabi” from “Heike Monogatari” and “Teaching of Buddhism”.

「日本人の心」「日本の文化」”Japanese spirit””Japanese culture”

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前回は、日本の住宅を通じて、日本の住宅の「使い捨て」になってしまう事情を書きました。

日本は、「温泉」がたくさんあります。

「小さな爆弾」ですが、これさえも、「文化」にします。

日本は、とてもものを大切にする「文化」ですが、色んなものが「使い捨て」になってしまいます。

「温泉」は、地震がたくさん発生する、国土、の証明です。

気象庁を検索すれば、毎日、日本は、地震があります。

日本は、資源がない国、です。

これも、又、書いていきたいと思います。

大きな「震災、シンサイ」(地震による災害)が、あって、それによってたくさんの死んだ人が出ます。

身近な人が、不幸な事件で死んだ人の家族がいたり。

そんな時、外国人を映すメディアは、大きく声をあげて、泣き悲しむ、姿、が出されています。

日本は、災害が多いですから、とても苦労、しています。

でも、日本人は声をあげて、泣きません。

これは、「禅」の心が、わからないと、理解できません。

よく外国の著名人が日本の「禅」をします。

日本人なら、「禅」の心は、体験しなくても、わかっています。

それが、答え、です。

外国の方は、さっぱり、わからないと思います。

そこには、「無心、ムシン」が、あります。

漢字で書くと、心が無い、と書きます。

心は、悲しみでいっぱいで、心は、とても傷ついています。

悲しみは、災害が多いので、「心の病気」になる人もいるので、ケアします。心は、外国の人と同じ、です。

日本人は、「禅の心」があるのです。

奥深い言葉で、「心が無いような、揺らぎの無いように耐えます」。

「無心、ムシン」には、多様な意味があり、心を解き放つ、と言う意味もあり、「禅」は、修行しなければ、わからない領域でもあります。

「アメリカンファースト」の言葉をよく聞きます。

日本人は、決して「ジャパンファースト」とは、言いません。

これは、「謙虚」な日本人。

と見えるかもしれません。

しかし、違います。それは「文化」です。

ずっと一番、でいることは、不可能だということを知っています。

このことにも書いていきたいです。

だから、日本人は、努力します。

努力しないと生きていけない、国土、なので、さらに、努力します。

いつも、「耐え」ています。

昭和天王の言葉があります。

「タエガタキヲタエ、シノビガタキヲシノビ」「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」。

意味は、「耐えられないものを耐える。我慢できないものを我慢する」。

だから、「自己主張」をするのが、苦手です。

そして、貿易交渉などは、いつも不利で、損をしています。

日本国内では、そうならない、からです。

「サムライ」の心です。

これが、日本人の心です。

ひとこと、では説明できません。

そこには、キーワードがたくさん、あるからです。

それについても書いていきたいです。

だから、日本は「カタナガリ」が、できました。

「努力」それは、「修行」(シュギョウ)です。

心の「ワビサビ」です。

これこそ、「日本の心」です。

「ワビサビ」についても、とてもひとことでは、言えません。

この頃は、日本人も心が、外国のようになって、来ている人もいます。

これも、個性でしょう。

「ワビサビ」についても、又、書いていきたいです。

Last time, I wrote about the fact that Japanese houses became “disposable” through Japanese houses.

Japan has many “hot springs”.

“Small bomb”, but even this makes it “culture”.

Japan is a “culture” that values things very much, but many things become “disposable”.

“Hot spring” is a proof of the country where many earthquakes occur.

If you search for the Japan Meteorological Agency, there will be earthquakes in Japan every day.

Japan is a country without resources.

I would like to write this again.

There is a big “earthquake, shinsai” (earthquake disaster), which leads to many dead people.

There is a family of people who have died in an unfortunate incident.

At such times, the media that reflects foreigners are loudly crying and crying. Japan has a lot of disasters, so it is very difficult.

But the Japanese don’t cry out loud.

This cannot be understood without understanding the heart of Zen.

Foreign celebrities often do Zen in Japan.

If you are Japanese, you can understand the spirit of Zen without experiencing it.

That is the answer.

I think foreigners don’t understand at all.

There is “Musin” there.

I write that there is no heart when I write in Kanji.

My heart is full of sorrow and my heart is very hurt.

Since sadness is a disaster, there are some people who become “heart illness”, so care is taken.

The heart is the same as a foreigner.

Japanese people have a “Zen heart”.

In a profound language, “I will endure with no heart and no fluctuation”.

“Musin” has various meanings and also means to unleash your mind.

“Zen” is an area that you cannot understand unless you practice.

I often hear the words “American First”.

Japanese people never say “Japan First”.

This is a “humble” Japanese. It may seem.

But not.

That is “culture”.

I know that it’s impossible to go out all the time.

I want to write about this too.

Therefore, the Japanese make an effort.

Since it is a land that cannot live without effort, we will make further efforts.

I always “endure”.

There are words from Showa Tenno. “Taegata Takiotae, Shinobigataki Shinobi”.

The meaning is “to endure what cannot be tolerated. Therefore, I am not good at making “self-assertion”.

And trade negotiations are always disadvantaged and losing money.

This is not the case in Japan.

The heart of “Samurai”.

This is the Japanese mind.

A word cannot explain.

Because there are a lot of keywords.

I want to write about it. Therefore, “Katakanagari” was made in Japan.

“Effort” is “training”(syugyou).

It is the “wabisabi” of the heart.

This is the “Japanese heart”.

I can’t say anything about “wabisabi”.

At this time, some Japanese people have come to feel like foreign countries.

This is also personality.

I would like to write about “wabisabi” again.

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